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払戻率引き下げは、まずい! 
 
今日、Web上で、こんなニュースを見ました。


以下、転載 ――――――――――――――――――――――

川口オートレースを運営する埼玉県川口市は9日、売上金から的中車券の配当金に回す割合「払戻率」を、現行の75%から70%に引き下げると発表した。

 収支悪化による苦肉の策。6月9日のレースから適用する。競馬や競輪、競艇など公営競技で、払戻率の引き下げは全国初。

 的中した車券の払戻額が6・7%減るため、オッズが下がることになる。川口市公営競技事務所は「ファン離れの原因となりかねないが、収支が改善した分はサービス向上のために施設改善などに有効投資したい」としている。

 飯塚オート(福岡県飯塚市)でも払戻率を引き下げる方針を固めている。

――――――――――――――――――――――――――――

とのことです。


正直、これはマズイんじゃないかと思った。

ギャンブルは、色んな楽しみ方があるとは言え、基本はお金が絡んでこその遊び。

オートーレースや、競輪に関して、ほとんど知らない人間がモノを言うのも、

ちょっと気が引けてしまうが、

個人的な見解では、フラットな視点で、競馬と、オートや競輪を比べた時、

「楽しみ」の中における、「お金をかけること」の部分は、

競馬よりも、オートや競輪の方が割合が高いと思っている。

より、ギャンブルの色が濃いイメージだ。


システムや環境面などで、金をかけること以外でも、そこそこ楽しめるJRAが、

払戻率を下げますよーって言っただけでも、カナーリまずい流れな気がするのに、

より、「お金」の部分が大事になっていそうな気がするオートレースで、

この方向に進んでしまったのは、

相当良くない流れな気がする。


もちろん運営側も、そんなことは承知の上で、

苦しい状況の中、それこそ断腸の思いで、この決断に至ったのは非常に良くわかるのだが、

それでも、1番大事な部分をえぐってしまったと思わずにはいられない。

これは、

ステーキ屋が、肉の量減らしたり、肉の質を落とすようなもの。

寿司屋が、マグロ止めましたって言っているようなもの。

ケーキ屋が、生クリームが高騰したからって、バタークリームで代用するようなもの。

お客さん目線で言えば、「そんなもの、求めちゃいない」 

ってなもんですわ。


一番大事な部分は、守らなきゃならない。

何のために、お客さんが集まっているのか、考えなくてはならない。

ステーキが美味しいと評判だった店で、

いくら野菜を美味しく提供できるようになりました!って言われても、

殆どのお客さんは、それを求めてはいない。

レース以外の部分を充実させました!って言われても、

肝心のレースが美味しくなければ、お客さんは満足しない。

もちろん、他を充実させたことによって、増える層は少なからずいるとは思うが、

確実に、「増える」を「減る」が上回るのは、目に見えている。


― 払戻率を下げて、その他のサービスを向上させる ―


もし、これでうまく再生できたとしたら、魔法とか、奇跡とか、

そういう言葉で表現せざるを得ない展開だとさえ思う。

今のこの時世、色んな業界で金回りが悪くなって、

どんどんと会社、企業が潰れていく。

そんな中にあっても、

競馬を楽しんでいる自分の立場からすれば、

似たような土俵の上でやっている、オートレースには、

なんとか堪えきって欲しいのが本心だが、

正直、自ら流れを悪い方向に持っていってしまったなと、

思わずにはいられなかった。

自分は外野の人間なので、苦しい事情も知らずにあれこれ言うべきではないが、

あまりにも、苦渋すぎる決断をしてしまった気がする。


そして、

JRAも、そろそろ対岸の火事ではない。

オートがそんな状況の中、なんと売り上げは右肩上がりです!って言うのなら、

何も言うことはないけども、

キッチリと、売り上げは下がり続けている。

今でこそ、

「払戻率引き下げ」という名のイカダは、まだ遥か遠くの海に浮かんで、

その姿は小さく見えるが、

そのイカダの進行方向は、確実にこちら側だ。

確実にその流れは向かってきている。

それが漂着してしまう前に、

JRAは、今まで以上に気合を入れて策を講じなければならない。


とにかく、お客さんを呼び込むための、サービス向上ですな。

向上も良いけれど、新しいアイディアも必要かもしれない。

思い切って、心臓部分の、払戻率をいじるのも良いかもしれない。

プレミアムレースとかの、ぬるいレベルでなく、

超プレミアムレースで、80%以上の払戻率とか。

そう単純には行かないだろうが、

馬券購入が2倍になればOKだ。

お客さんの絶対数が増えれば、基本的には儲かる仕組みのはずなので、

ちょっぴり攻撃的な仕掛けも、あっても良さそうな気もする。

ちょいとリスキーかもしれないけど。


まずは、今いるお客さんが離れないように、

サービス向上ですかね。

これはアイディア一発、ノーリスクだ。

オートは、このたび、

払戻率を下げてから、サービス向上みたいな流れになってしまったが、

望ましい形は、まるで逆。

サービスで向上させて、お客さんを呼び込むのが先だ。

極端な話、お客さんの絶対数が増えれば、

払戻率は80%にも、90%にもできるはずなのだ。

馬券を買うのも、インターネットが主流の時代だし、

競馬中継を見る人が2倍、3倍に増えたからって、

レースで走る馬が2倍、3倍と大変になるって話じゃない。

実況も、スターターも、忙しさは変わらない。

窓口の係の人とか、掃除のオバチャンとかは、ちょっぴり増やさなければいけないが、

基本は、率が良い商売なはずだ。

間違っても、

お客さんが減ってきたんで、お客さんから多く取りますみたいな展開には、

ならないように、お願いしたいのであります。

そうなる前の早い仕掛け、サービス向上。

JRAには頑張ってもらいたい。


だいぶ長いこと書いてしまった。


ってことで、払戻率99%になるまでに、

JRAに寄付しながら、応援したいと思います。


ビル・ゲイツが間違って日本に来て、馬券3兆円くらい買わないかな。

日本の競馬もレベルが高くなってきたし、

世界を相手にJRA馬券を売り出すってのは、マズイもんかな?

色々と壁がありそうですな。


潤え日本! 潤え!JRA!

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震災特番を見た。 
 
今日は3月11日、震災から、ちょうど1年ということで、

各局がそれぞれ、正月番組くらいの長さの震災特番していたので、

競馬はほとんどやらずに、その震災番組を観てました。

区切りっぽいタイミングでちょこちょこ局を変えながら観てたわけですけど、

改めて、大きすぎる出来事だったんだなぁと思った。

自分は、宮城県の中でも、本震の震度が6強だったり、

ちょい車を出せばすぐ、津波が来るようなところに行けるところに住んでいたので、

被災者であるのは間違いはないのだが、

家が全壊したり、津波が来たり、放射能の被害を受けてしまったというような、

そういった「中心」の被災者から比べると、本当に何でもない、無事な被災者だった。

仕事場は半壊気味だったけど。


それゆえに、あまり被災者意識を持ってはいけないと思っていたし、そういう態度も出すべきじゃないと思う部分があった。

TVで流れる映像に心を痛めても、胸に刻み込むだけにして、

自分の立場では、涙を流しちゃいけない気持ちで観ていたのだが、


無理だった。


TVの中で、

被災して、離れ離れになった家族の、親が、

ここに、いるかどうかもわからない避難所で、子供を見つけ、

人目もはばからず、親子が再会に号泣する場面や、

親がもう亡くなっているを覚悟していて、その遺体を探していたが、

実際、遺骨の入った箱を目の前にしてしまって、

その娘さんの目から、涙がこぼれおちているのが見えた場面。

無意識のうちに、自分の状況に重ね合わせてしまったら、

久々に泣けてしまった。


行方不明だった家族を、しばらくの間発見できなくて、無事でいることは諦めていても、

「どこかでは、まだ生きてるかもしれないって、そんな夢みたいなことを考えたりもしてた・・・。」

と、遺族が、家族の遺骨に対面しながらつぶやいていたシーンもあった。

自分でも、同じこと言ってしまうと思う。

今まで、普通に存在していた人間、

一緒に喋ったり、ご飯食べたり、寝たり、笑ったり、喧嘩したりした人間、

いなくなるわけがない、そこにいて当たり前の存在が、もういない。

そして、残ったのは小さい箱。

こんなこと、認められるはずがない。

自分だって、そんな気持ちに絶対になってしまう。


あれこれ考えていたら、しょっぱい汁が止まらなくなってしまった。

同時に、ちょっぴり恥じた。

テレビだけで泣けた人間ってのは、おそらく幸せ。

現場では涙以上のものが、溢れかえっているのに、

コッチは、泣くわけにはいかない。

悲しむんじゃなく、被災していない人間は奮い立つべきなのだが、、、

それでも、抑えが利かなくなる、強烈な絵だった。


もう、こんな思いになるような出来事はあってはならないですな。

仮に、何かあった時には、周りを守れるようにいなきゃいけない。

そして、天災に対する防災意識をさらに強め、

人災が起こり得る可能性を、排除していかなければならないですな。


競馬でも、実生活でも、何でもそうだけど、

少ない可能性ってのを、軽視するのって、やっぱり危険ですよ。

この危険を繰り返す道を選ぶのか、そうじゃないのか。

ちゃんと考えていかなきゃね。

子供でも疑問に思ってるんだから。


1年も経過したこの日が、こんなに重いとは思わなかったな。

ただ、自分の「重い」は、あくまでメンタル的なちょっとしたもので、

「重い」現実の中で、未だに苦しい生活を強いられている人がいる。

今日で、あの日から、まる1年。

1年経ったことで、良い意味で区切りはついても、

悪い意味では区切りがつかないようにしてほしい。

復興、びっくりするくらいの猛スピードで進んでほしいですな。


そして、メディアは東北だけじゃなく、

千葉の方とかにも、もっとフォーカスしてほしいですね。

今日、TVを見ていてちょっと思いました。


色々と考えてしまうことは、山の様にあるのけれども、今日はこのあたりで。


あれから1年経つ、3.11の日を前に。 
 
※この記事は、今週末まで、常にトップにくるようにしております。
 最新記事は、この下からになります。

先日、すけえもんさんのブログ、「競馬予想の要素」にお邪魔したんですが、(毎日ですけど)

今回、震災関連について触れていました。

内容はジャンプして見て頂ければありがたいのですが、

その記事の中には、humanERRORパレードという、映像がリンクされていました。

映像の内容(歌)は、原発についてのものです。

この歌の内容にも、グッとくるものがあって、書きたいこともあるんですが、

この記事に合わせて書くと、長くなりすぎる気がしますので、ここではやめておきます。

また、日を改めて書こうと思います。


で、その、すけえもんさんの記事を読んで、感じたのは、

震災のことを意識することが、前に比べて格段に少なくなっていたことです。


私は、宮城県仙台市に住んでいるので、津波の被害をギリギリのところで免れたとはいえ、

震災の中心といえば中心にいたわけですが、

そんな中心にいても、

人間て、薄情なのかなぁ。

それとも、早く忘れたがっているのかなぁ。

日々を消化していく中で、

震災の意識は、少しずつ薄れていくんですよね。

もちろん、地震の大きさ、津波、原発の恐ろしさ、というものは、

イヤというほど、記憶に刻まれているのですが、

常に、震災のことや、被災地のことを考えていたり、

日頃から余震に対して敏感になって、それに対してバッチリ備えることとか、

そういう意識が、だんだんと薄れていってるなと感じます。


楽しいことを、普通に楽しむことができるようになって、

日常を取り戻せているのは良いことなんですけど、

逆に言えば、被災してから、しばらくの間あった、あの震災と自分の「密着度」が、

1年も経つと、弱くなっているんですよね。


記憶を掘り起こすような強い余震が、少なくなったのもあるかもしれませんし、

ニュースで報道される機会が減ったからというのも、あるかもしれません。

でも、そうやって、知らないうちに意識から離れてしまってはいけないと感じました。


比較的大きな被害を受けた人間としては、

震災のあの恐ろしい体験を忘れたい気持ちと、

絶対に忘れてはいけない気持ちが、表裏一体に存在しているわけですが、

それでも、やはり、忘れちゃいけないです。


忘れないというのは、

それは、被災した体験自体を忘れないってこともそうなんですが、

その時、起こっていたアクション。

これを続けることを、何より忘れちゃいけないと思います。

つまり、身近なところで言えば、支援物資のの配給や、募金などによる被災地支援だったり、

もしくは、原発について考え、議論することなど。

震災直後は、これらのアクションが活発でしたけど、

このあたりになってくると、ボランティア団体や、志の強い人たち以外は、

自分も含め、少し落ち着いてきてしまっているのかも・・・、

と思いました。


ユニリーバ東日本大震災クリック募金
イーココロ
ブラザークリック募金



おそらく、今週末の3月11日、震災から1年経ったその日は、

テレビなどで、特集が多く組まれ、

「あの日を忘れない・・・」という文字が黒背景からフェードインしてくるのが、

なんとなく想像できるのですが、

「忘れちゃいけない」のは、むしろ、その日の映像ではなく、

そこから得た教訓、正しき道、なんだと思います。

言い換えるなら、

最も恐ろしいのは、あの日の記憶が忘れ去られることでなく、

そこから生まれた、良いアクションが、途絶えてしまうことだと思います。


あれから1年を迎える日が来る前に、気付くことができて、

なんとなく、良かった気がします。


すけえもんさんのブログも、是非覗いてみてください。

プロ意識 
 
前回の、「シンプル イズ ベスト」 の話の中で、

メジャーリーガーのイチロー選手に、ちょっぴり触れました。

やはり、イチロー選手のような存在は、これからも、なかなか出てこないと思うし、

残してきた記録と記憶の数々、それを残すための確かな技量、

そして、その技をモノにするための努力、

野球に対するストイックな姿勢などを考えれば、

これほどの選手は、唯一無二で、まさに歴史に残るような名選手だと思います。


イチロー選手が、自分の中でも素晴らしい選手であるというのを、

予め、ことわっておいてから本題に移ろうと思いますが、

その本題、「プロ意識」。

イチロー選手は、野球に対するその信念というか、ストイックさを考えれば、

「プロ意識」は、他の選手よりもかなり高いものがあると思います。

怪我をしない、風邪をひかない体調づくり。

そういったフィジカル面と、そして、メンタル面の努力。

安定して安打を積み重ねる為の、技術的な面での努力。

こうした地道な努力をずっと続ける、イチロー選手。

ある意味、「プロ意識の塊」と言っても良いかもしれない存在です。

こういったイチロー選手の「プロ意識」は、大変素晴らしいと思うのですが、

もうひとつ、別の形として、

私自身が、素晴らしい「プロ意識」だなぁ。プロはこうでないとね!

と思うものがあります。

同じ野球選手で例えると、新庄選手がその例です。

阪神、メジャーリーグ、日ハムと活躍した、あの新庄選手ですが、

その新庄選手の、どの部分に、素晴らしい「プロ意識」を感じるかと言うと、

一言で言えば、「ファンを大切にする」 というところです。

細かく言えば、ファンに楽しんでもらいたい。

ワクワクしてもらいたい。笑ってもらいたい。驚いてもらいたい。

そういう意識を常に持っているようなところですかね。

新庄選手のプレーの全ては知らないのですが、

彼が起こすサプライズは、度々ネタにされていましたよね。

通常の試合の中でも、あっと驚くプレーで観客を沸かせもしましたが、

オールスターなんかでは、予告ホームランしといて、セフティーバントしたり、

ホームスチールしたり、

変装して球場に登場したこともありましたっけ?

他にも、色々あると思うんですが、

試合以外の部分でも、観客の笑いを誘ったり、楽しませようという姿勢が見えましたよね。

やはり、ファンあってのプロ選手なわけですから、

そんな風に、ファンを大切にする、ファンのことを想う姿勢って大切だなって思うんですよね。

もちろん、プロ選手は試合に勝ち続けていくのが仕事であって、

観客なり、スポンサーなり、オーナーなり、みんなが一番に望むのは、目の前の試合に勝ち、

そして、その結果優勝すること、というのはわかるんですが、

それだけじゃない、それ以上の楽しさを与えていくのも、

プロ選手のひとつの役割なのかなと思ったりします。


と、新庄選手について語ってきましたが、

イチロー選手も、クールにやっているように見えて、すんごいプレーで沸かせたいタイプですよね。

新庄選手ともまた違いますが、彼も数少ないエンターテイナーのひとりでもありますね。

記録になるっぽいところでは、ホームラン狙ったりもしますし、

「絵」になる形というのを、結構意識してますもんね。

どちらも、素晴らしい選手ですが、

イチロー選手は、どちらかと言えばプレーで沸かせたいタイプってことなんでしょうね。


余談ですが、イタリアのサッカーは、勝利至上主義的なところがあって、

内容がつまらなくても良いから、とにかく1点を守り勝つっていうのが美学?で、

とにかく勝てばすべて良し!みたいなところがあったりするのですが、

スペインのサッカーは、それとは逆で、

負けても良いから、攻めることが美学みたいなところがありますね。

試合に勝っても、守り切っただけの、つまらない試合では、

味方サポーターからブーイングされちゃうんですよ。

楽しくない試合を見に来たんじゃない!ってことなんでしょうかね。

お国柄でも、色々ですよね。

個人的には、パスカットとか、サイドチェンジとか、クロスが上がりそうなところに、ギリギリスライディングとか、

そういったプレーに対して、こまめに拍手が起こる、イングランドのプレミアリーグの雰囲気が好きなんですけどね。

余談から、さらに脱線してしまいましたな。


とりあえず、「プロ意識」についてのお話でした。


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